忍者ブログ
                                                       いわゆるチラシの裏。
[290]  [289]  [288]  [286]  [285]  [284]  [283]  [282]  [281]  [280]  [278
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 
人間には、「憧れ」が必要なのだと思う…。
 
何かに対する価値観というか、
物事に対する動機というか…。
 
それは、尊敬であったり、願望であったり、
思想や信仰、富、自己実現、なんでもいい。
個人的な考えなのだけれど、その「想像や空想」と
それを共有すること(あるいはその錯覚)こそが、
人間を人間たらしめる要素なのだと考えている。
 
逆に、それから離れるほどに
人間は自身らを線引きしている、
その他の「動物」という像に近づいていくのだと思う。
 
だから、思考停止というか、
ただ日銭や餌のために何も考えずに、
スタンドアローンな状態での「こうすればこうなる」
を繰り返すだけになるのはとても、
人間のいうところの「動物」的(というか機械的??) 
な気がする、感じ、が、する…??
 
えーと…、
だから、つまり、考えた空想や情報を、
互いに共有()することこそが文化?であり、
人間が自らを「知的生命体」だと呼称する
所以なのではないかな、みたいな……。
 
【↓ 以下、まためっちゃ長文すみません… ↓】


えーと…、つまり何が言いたかったかというと、
最近、自分の唯一の原動力であったはずの、
「憧れ」が足りてないなぁ、と…。
 
 
近況としましては、
こういうことあんまり書かない方が良いとは思うのですが、
年明けに進捗報告とのことだったので、元旦に送って、
それからずっと返信待ちみたいな…。
 
やっぱり大きな会社さんになると
あんまり軽率なフットワークもできなくなるみたいで、
かと言って、空いた時間に掛け持ちするのも
自分のキャパ的に危険だし…。で、
何もできない焦燥には囚われつつも
すこし色々なものから距離を置く時間が出来て、
精神面では結果的には良かったのかな…?
 
 
それで「憧れ」の話なのですが、
 
んー…、
例えば一人、すっごいヒーローが現れたとして、
その人が偉大な功績を遺すと、
それに憧れた人たちが
みんなでそのヒーローの真似をするでしょう?
それが流行になって、時代を作って、文化になって…、
尊敬や崇拝が思想になったり、
手法やビジネスモデルが産業になったりとか、
そういう文脈の中で成り立っていたりするものだから
「〇〇みたいになりたい!」とか、
「〇〇みたいなことがしたい!」っていうのは、
それ自体は別に健全で、悪いことではないとは思う。
…とは思うのだけれど……。 
 
 
んんーー……、
例えばさっきの、すっごいヒーローに影響を受けて、
それに周囲が「憧れ」るんだけど、
その「憧れ方」にもいくつか種類があると思っていて…、
例えば、そのヒーローと同じような偉業をしたいとか、
同じくらい人気者になりたい・富が欲しいとか。
もしくはそれに携われるだけでも満足であったり、
あるいは、そのヒーローを打ち倒したいとか。
 
それで、厄介なのが、
「その“ヒーローそのもの”に成りたい」だとか、
もしくはそのヒーローと同じことをすれば
同じ結果が得られると思っている場合…とか…?
とにかく、あまり考えてないタイプの憧れ…?
 
対称が役職とかならともかく、
何をどう頑張っても赤の他人が
そのヒーロー当人に成ることはできないし、
偉業というのはそれまで先駆者が居なかったり、
それ相応の技能や環境があったからこそのもので、
いくら側だけなぞって真似たところで、
それは下位互換な類似品やら
有象無象の模造品にしかならない、とは思う…。
 
とはいえ、
上手い人の仕事は真似て覚えろとも
言いますし(言わないかも?)、
よくある展開だとか、
どこかで見たキャラクタ―だとか言って、
何もせずに意識高い系でいたりとか、
オリジナリティに固執するよりも、
実際に試行してみるからこそ
何かしら掴めるのものも多いとは思うし…。
(↑なにその
  失敗するみたいな言い方!!(`皿´;怒))
 
何にせよ、引き受けた以上、
出来る限りの成果は上げなければなりません。
人の上に立つならば手伝ってもらう人達には
最高のパフォーマンスをしてもらえるように心掛けて、
個人的には作る側にも、お客さんにも、
出来るだけ誰も傷つかないところに着地させるのが
自分の仕事かと思いますので…、
 
うぅ…、
出来るかなぁ……。
 
 
 
ああ、そうだ、
それで「憧れ」の話なんだけど、
個人的には「憧れ」は伝播するものだと思っていて、
何かの本に書いてあった「憧れに憧れる力」みたいな、
誰かの楽しそうに仕事をしている姿を見て
その人と同じ仕事に就きたいと思う~みたいな、、
あと、なんか昔
「"夢"はモルヒネみたいなもので、
夢を見ているからこそ辛い仕事も頑張れる」
みたいなことも書いた気がするけど、
 
だから、つまり、
辛い仕事をお願いする立場だったり、
作った「空想」をお客さんに買ってもらう立場として、
そういう「夢」や「憧れ」に対して不誠実だと、
なんというか、申し訳ないというか、
そういうのって必ず商品に出てくると思うし、
自分自身、そういうのを観るのが辛くて
最近のアニメとか観るのが苦痛になってるから、
それに、人の辛い思いしたのを観て嗤うような客層なら
どうせ殆どお金なんか使ってくれないと思うので、
 
だから、作る側にも観る側にもちゃんと
楽しんでもらえる仕事ができればなぁって思うので、
それから自分のモチベーションのためにも、
作品や到達点に対する「憧れ」を示していかなければなぁと…
 
そんなふうに思う今日この頃なのでした。
(だから、あとスケジュール!!
 返信まだかなぁ……。)、
 
 
…なんか、まためっちゃ書いたなぁ…。
そんなことより手ぇ動かせや↑。
すみません…。
 
あと、返信来なさ過ぎたので
ゆっくり親知らずを抜いてもらえました。
 
以上、近況でした。
 
 
 
 
   ←久々にうちの子ら描きました。
 なんとなくお話の構想も考えてるけど、形に出来るかは不明…。
 
 
 
 
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
無題
私自身も、心から憧れや夢を持たせてくれる存在とは以外と見つからないもので(見つけようとしてないだけなのかな?)、故に日々のモチベーションを保ち続けるのは大変難しく感じます。そんな時は、今まで縁の無かったものや、毛嫌いしていたものに一度触れてみるのも大切かもしれません。ただがむしゃらに、無作為に行動することで、新しい何かを見つけられることもあります。

 思考停止は確かに惰性な日常を生み出しますが、思考に捕らわれては負のサイクルに陥りやすいものです。時には開放的に自己と向き合うのも大切かと思います。要するに思考と直感のほど良い塩梅を自分なりに模索してみるといいと思います。(ちょっと変なこと言っちゃってるかな?)
 憧れや夢への姿勢として、上辺だけを解したものはその模造品しか生まない。とても共感します。憧れの内面的な部分に自分の価値観から精一杯理解しようと努力する事が大切かと感じます。
そして、そこから得たものを他者と共有する事で新たな発展を促すことができるはず。そこに相手との理解の相違を見いだせたなら、ある意味それは成長への糸口にもなり得ます。

 辛い事、悩み事が多いと思いますが、耐えられなくなったなら逃げていいと思います。ただ苦しむばかりで退廃してしまうくらいなら、退くほうがましなものです。「逃げたものはもう一度戦える」、ある偉い人の言葉です。

 いろいろと偉そうなコメントをしてしまいましたが、私なりの激励のつもりです。あなたの作品に触れて、本当に色んなことに気づかせてもらいました。自身の価値観の成長にもなりました。これからも陰ながら応援させて頂きます。私の言葉が何かしら少なくとも、お役に立てれば幸いです。


 
NONAME 2017/02/25(Sat)23:18:26 編集
 おおよそ なぅ 
更新は不定期です
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
HN:
ががめ
年齢:
35
性別:
男性
誕生日:
1988/06/30
新コメ ときどき 返信
[04/23 bbagoklinge]
[04/16 ロレックス エクスプローラー2 中古]
[04/11 ロレックス スーパーコピー 口コミ usj]
[04/08 スーパーコピーブランドN品]
[04/08 スーパーコピー]
忍者ブログ [PR]