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                                                       いわゆるチラシの裏。
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先日、被災した南三陸町の実家の方へ
兄妹三人と妹の友達とで帰省してきました。



震災から2週間以上たっていたのですが、
現地の様子は中継で見ていたそれと変わらないものでした。

自分の家族や地元の人たちは、近くの民宿を避難所として
生活していました。
幸い、自衛隊からの物資も届き、
暖かい布団やプライバシーを守れる部屋もあり、
電柱が海岸沿いに並んでいたため電力は回復していないものの、
震災後も部落の水道は通っていたので
とりあえず生活する分には困っていないようでした。

  


実家で両親と色々話をしました。
といっても、家の中はめちゃくちゃで入れないので
流されて残った仕事場の土台の上に腰を下ろして話しました。

 

実家の損傷は半壊止まりで、
自分が使っていた部屋の物はだいぶ残ったのですが、
自分はなかなか物を捨てずに溜め込んでしまうタチなので
中学高校時代の超恥ずかしぃーい黒歴史が
親に露呈してしまいました・・・orz
それから、引越し前に実家に預けていたお気に入りのマンガや絵やらは
長い間、海水や泥に浸されてぐちゃぐちゃになっていました・・・(泣
(2階の母の少女マンガコレクションは無事だったのに・・・)

でも、不思議と思ったほど悲しくは感じませんでした。
いつまでも悲しんでいる場合ではないというのもあるのですが・・・、



あまり大きな声では言えないのですが、
送られてくる支援物資が多すぎて困っているそうです。
写真は30日のものですが、箱の中身は全部おにぎりで、
他にもパンやらサンドイッチなんかの
保存の利かないものが同じくらい大量に送られてきて、
じーちゃんばーちゃんばかりの避難所は処理に困っているそうで、
帰りには逆にこっちが袋いっぱいにおりぎりを持たされて
帰ってきちゃいました。

ただ、他の避難所では未だに物資が届いていなかったり、
まだ海水すら引いていない地域もあるそうで、父は、
「自分たちは恵まれているんだ」と語っていました。

それから、自衛隊の方たちが本当にすごいと感じました。
この連日の活動で疲弊しているはずなのに、
挨拶なんかもフレンドリーで、そこらへんのお巡りさんよりも
ずっと身近で、頼もしいと感じました。
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